Saturday, June 25, 2011

Liberty Swim 2011

金曜は、


「ニューヨークへ行きたいかぁーーー?」 by留・福留


の最終決戦の地、自由の女神像の島をひと泳ぎするレースに参加してまいりました。

ここらへんは波がどんぶらこと高いので、一応クオリファイされた人だけ参加可能。
でも今年は枠が甘かったので平泳ぎのオイラでも参加できたのだ。へへへ。




応援にきてくれたラン友アンジーさん&トラ友Dr.Kubotaとともに






見よ、この肉体美!(隣はアイアンマンの大先輩、シャカリキさん。すごいシックス・パックだしょ)






ゴールした直後。
後ろの人がやたらぐったりしてるのが笑。






メダルももらったし(全員もらえる)、いいレースだったよ。








応援団の皆様、ありがとうございました。

また来年も泳ぎたいね♪






追記:去年のGoverners Islandの3.2Kmレースのビデオに何故かやたら登場。シャカリキさんが見つけて教えてくれました。
見てケロ~~~

Monday, June 13, 2011

IRONMAN 70.3 Eagleman 2011

Eaglemanは人気があり、Half IRONMANにも関わらず申し込みがIRONMANにも匹敵する、去年の8月から申し込みが始まっていた。プチ遠征としてはNew York近郊の車で移動できる範囲でなかなかお勧めです。

何よりも人気がある理由はIRONMANタイトルが付いていることと、KONA Slotとがあるということでしょうか。Toughmanのようなローカルレースとは違ってかなり力のあるAthleteが出場してくるのだろうと予想していましたが、やはり予想通りでした。



開催場所はCambridge, MD。NJ Turnpikeを降りしばらく行くとローカルハイウェイを走ることになるが、南下するにつれ、小麦畑が一面に広かる耕作地となり、道端にはところどころにLocal Farmの店もあった。辺りを見渡してもそんなに大きな山も無く、フラットな地形が広がっていた。

地形を見ると海岸線が入り組んでいてリアス式海岸のようにみえるが、これらはすべて湿地帯となっていて、高低差はほとんどゼロに近いともいえる超フラットな地形。
海が近いこともあり、Crabのお店やレストランではSoftshell Crabのメニューがいたるところで見ることができた。行くならぜひSeafood店をチェック!!



チェックイン
ローカルレースっぽくってわきあいあいとした感じで、チェックインもスムーズに終了。
勇人さんは購買欲に火がついたか、Triパンツやシューズの試着に大忙し(笑)
お気に入りのTriパンツを購入してご機嫌だった。確かにこれもExpoの楽しみの一つだ。
Bike CheckinではHalfということもあり、結構Road Bikeが目立った。


Swim
レース前日の水温は82度。こりゃ~どうやっても一晩で水温が下がる訳はなく、一抹の不安がよぎった。しかし勇人さんとシャカリキでは違った不安。
勇人さんは生ぬるい水温が苦手。ウェットなしの冷たい水が好み。シャカリキはOpen Waterでウェットなし。溺死の恐れあり。
案の定水温は下がらずに前日と同じ82度。コースは1Loop。
6時45分のプロスタートから始まり、8分置きのWave Start。
勇人さんとシャカリキの8時6分のスタートまでに1時間以上時間をもてあましていた。
Swimは川だけど薄い塩味があり、藻が濃く前はまったく見えない状態。
遠浅でスタート地点でも立ったままでスタートができるぐらいの水深。
水の流れがなかなか読めないが岸の方に向かって流れているようで、コース取りに少々苦労。
そんな中でも勇人さんは32分でAge10位。シャカリキはコース取りをミスしあちこち
行ってしまい41分。すでにここで約10分の差。



Bike
前日、勇人さんに運転してもらってBikeコースの下見をして、ちょっとはUp/Downがあるだろ思って進むも、最後まで坂は発見できず。超フラットコースだということが判明。
楽そうにみえるが、休むポイントも無く、常にペダリンクでプッシュを続けなければいけない。
当日のコースではさすがに交差点ではパトカーがいて交通整理をしていたが、田舎道で交通量が少ないことから道路はレース専用にはなっておらず、一般車と併用されていた。
レースがあるということで一部報道されていたのかもしれなかったが、車が邪魔になるほどではなかった。

前半は風の影響で坂とは又違った辛さに悩まされ、ペダリングを頑張ってしてもスピード感を味わえない状態が長く続いた。勇人さんにはSwimで10分の差があり、いつ追いつく事ができるか頑張ってペダリングをしていたら、約20Mile目ポイントを過ぎた辺りで勇人さんを発見。「勇人見っけ!」と声をかけて追い越す。ちょっといい気になりすぎたか、その後約2,3Mile目で急に股関節が今までに味わった事のないような痛みに襲われ、一気にスピードダウン。「えっ、もしかして棄権?」「Lake Placidも諦めなきゃいけない?」が頭の中をよぎり、何度かペダリングをするも痛みは再発。
いけないとは思いながらもSalt Casselをいれたケースに密かに入れておいたAdvilを飲んでこの後の痛みを抑えようとした。でも薬がそんなに直ぐに効果が出る訳でもなく、そうこうもがいていて、痛くてもペダリングを続けていると我慢できる状態にまで戻り、走行を続けるが、何度も同じ状況を繰り返して、後半は苦しみとの戦いだった。


Run
炎天下のほとんど日陰の無い、これまた超フラットなコース。ランのフラットコースには救われる。基本Aid Stationは1Mile毎のはずだが、場所によっては1Mile以上の間隔もあったりした。炎天下になることが判っていたのか、遅いスタートとなったにも関わらず、アイスは豊富に用意されていた。もらった氷水を身体にかけて一時の安堵感を味わった。
冬場、足を痛めてほとんど走っておらず、このHalfが本格的なランでのレースとなった。
いつもの事ながらBike後のランは辛い。3Mile目辺りで気分が一瞬萎えてしまったが、気分を取り戻してAid Station間は止まらずに走ってAid Stationでは歩く目標に切り替えた。

7Mileを越えた辺りで勇人さんとすれ違ったが、結構辛そうだった。ランではAdvilが効いたのか、Bikeの疲れがだんだん取れはじめ調子よく走れるようになっていた。でも後半最後は足がかなり辛かった。


結果5時間半も切れずに5:33:41。Age Group284人中の55位。
痛みも重なり、ちょっと消化不良状態のレース結果となった。
日頃のBikeのトレーニングは坂道中心のようになっているが、フラットコースでの耐久型レースはTrainerによるトレーニングが大いに役に立つということも理解できた。


レース自体にはまったく問題も無く、運営はよくできていたと思います。
New York近郊からプチ遠征をしたい人にはお勧めのレースです。

Tuesday, April 19, 2011

Bostonマラソン 2011 - その2

4/18 月曜朝。


快晴。
でもいつもながら寒い。



泊まったYMCA Berkley は去年も使ったのだが、ここは本当にお勧め。
前日にはパスタディナーが振舞われ、レース当日もランナーのためにコーヒーや朝食を朝4:30から用意してくれている。しかも無料で。
朝からコーヒーがいただけるのは本当にありがたい。

そして何よりも嬉しいサービスは、チェックアウトしてからもシャワーを使わせてくれる点。
レースで文字通り’汗みどろ’になった後、サッパリしてからバスで帰れるのはこれまた非常にありがたいのである。






Boston Mannorという大きな公園の沿道から出る、レース会場行きのバスに乗る。

ハイウェイでは、これから走って戻ってくる街の名前のサインが次々と現れてくる。

「26マイルぽっちしかないのに、車だとなんだか遠いなぁ。」なんて感じたりする。





会場に着くやいなやトイレに並ぶ。
寒いし、一応行っといたほうが、ねぇ。

と長い列に並んでいたら、あっという間にスタート時間が近づいてきた。

スタート地点は会場よりも結構離れていて、途中には上着を脱ぎ捨てる袋が用意されている。
でも、私は寒いまま待つのがいやなので、最後の最後まで着こんでいた。




私は第2グループのコーラル9。
第1はプロとか相当早い人たち。
グループ2でもコーラル番号が1とか2とかは3時間ぐらいで走れる人たち。
コーラル9はグループで最後。


「あと1分!」 というアナウンス。
みんなが拍手をして声を上げる。

ようやくここで服を脱ぐ。






プァ~~~

始まった。






今年はあまりこれといったトレーニングをしてなかったので、どう目標を設定していいものか分からなかった。

でも来年登録できるグループ3つのうち第2グループに入れればいいなーと思っていた。
※来年からタイムによって登録できる日が決められており、速いランナーグループで一杯になったら、Closeしてしまうのだ。

第2グループに入るには3時間40分を切らなければならない。
去年のBostonで3時間44分だったから、去年より縮めないといけない。
うーむ、かなり未知数...。







コースの最初は下りなので、飛ばし過ぎないようにリラックスして進む。

身体は思いのほか軽い。
呼吸も落ち着いてる割にはペースを見ると8分/マイルぐらい。
お、いいんじゃな~い!


あっという間にHalf。
1時間44分。

もしこのペースでいければ3時間半でゴール、そしたら第1グループで来年登録できる!

密かな期待がこみ上げる ♪




が、フルマラソンはやはり甘くない。

UpDownが始まる25Km以降、ペースは段々落ちていった。

30Km地点では既に1分半の借金。

「坂が終われば挽回できる。坂が終われば...。」




去年は初めてだったので、例のHeartBreakの坂は「あ、こんなもん?」って思ったけど、今年は知ってるだけに予測できて辛い。

4つの坂がある。
2つ目と3つめは長くてかなりシンドイ。

なので、これ4つ目?ぐらいな錯覚に陥るけど、程なく4つ目の坂であるHeartBreakがやってくる。
これは急だけど短いので、分かりにくい。
今年は路面の大きく破れたハートの絵がチョークで書いてあったので、すぐ分かった。



「もう坂は終わったんだ、もう坂は終わったんだ。ここからアクセル踏まないと。」



でも、もう身体はボロボロ。

残り10Kmで全身に痛み。
筋肉の細胞という細胞が「もう、やめてーーー!」と悲鳴を上げているのがわかる。


ここからはオレンジ作戦しかない。

オフィシャルエイド以外に、沿道の人たちがオレンジや棒状のシャーベットなどを補給してくれるのだ。

このオレンジを見つけては食べてリフレッシュして走り続ける。
Bostonの皆さんには本当に感謝。


最後の3マイル。
1マイルが5マイル分ぐらいに感じる。
横隔膜も痛くなってきた。

なんだか3時間40分切りもこのままだと危ういので、なんとかスピードを落とさないように気力だけはしっかり持つ。



Bostonが他のマラソンと違うところ。
それは最後10Kmからみんなどんどんスピード上げて抜いていく事。

さすがQuialifyされたランナーのレース。
こういうところにBostonマラソンの素晴らしさを感じずにはいられない。



他のランナーに牽引されてゴールまであと500m。

急げ急げ。




3時間37分43秒。

ようやくゴール。

間に合った~~~。






正直、これまでで一番キツかったレースだった。

ゴールの後も全身の痛みで呼吸もままならない状態。

用意されている車椅子になだれ込みたい気持ちで一杯だったけど、そのままYMCAまで誰かが押していってくれるわけじゃないので、やっぱり辞めた。


ボランティアをしてくれていた日本人の学生の女の子たちがYabyGAGAリストバンドを見て、「あ、Japan。」とつぶやいたので、振り向いて、

「ボランティア、どうもありがとう。」

これを言うだけで精一杯だった。



ペースはこんな感じ。

Location       Time        Pace/mile
10km           0:49:46      8:00
Half-Marathon    1:44:27      7:58
30km           2:31:25     8:07
Finish          3:37:43        8:18



画像はこんな感じ。





メダル





家に帰って







最後になりましたが、

車椅子部門で日本選手がアベック優勝!

Soejima選手とTsuchida選手。

とても誇らしいです。

Monday, April 18, 2011

Bostonマラソン 2011 - その1

いやあ1年は早いもんです。


Bostonマラソンがやってまいりました。



今年のエントリーは曰く付きで、申し込みが殺到して数時間で売り切れになってしまったのです。

で、怒ったのはいつもの参加者、つまり早く走るランナーたち。

きっと抗議が殺到したのでしょう。
来年からはタイムの早い人たちからエントリーも申し込みをするシステムに変更されました。

ということは、私のようなギリギリタイムでエントリーできてたランナーは確立がグンと下がるんですね。


「もう今回が最後かなぁ...。楽しまなくっちゃね。」という気持ちでBostonに遠征してまいりました。






今年は前日の日曜にBoston入り。

相変わらずドンヨリした天気、たまに小雨。
ま、ニューヨークもこの季節はまだそんな感じです。





YMCAに荷物を置いて早速ゼッケンをとりにEXPOへ。



おぉ、EXPOはいつもながらすごい熱気です。
何がってお買い物熱が。




私も今年のコンビの黒で緑のストライプのプレミアム(っていうのか?)ジャケットをゲットしましたよ。
(2日目は毎回女性モノは全て売り切れ、男性もXLしか残ってなかったけど、奇跡的にSサイズをGet!)

別にネットでも買えるのにね。
みんなまんまとマーケティングという罠にはまっています。(笑)




毎年のオフィシャルスポンサー、NISSANのブース。
今年はタオル配ってないなぁ。ちっ。





世界中からランナーが終結してるので、各主要メーカーは大きなブースを出展しています。

Brooksというシューズメーカーがおもしろいブースを構えてて、そこでどんなシューズが合うかの無料診断をしていました。




私も参加。
で、思わずシューズ買おうとしちゃったんだけど、既にアディダスで1足買っているので、我慢しました。危ない危ない。

(左:今履いてる adidas Bounce   右:今回買った adidas Tempo)



こういうEXPOってほんと買い物しちゃうんですよねー。

シューズのほかに、心拍数計測&GPS付きの時計、特別なシューズの中敷、Leeへのお土産にジョギング用のイアホン、オフィシャルジャケット、などなど。

正直、大会エントリーFeeや宿泊費&バス代よりずっと浪費してます。(汗)





会場の隅っこに行ってみると、そこには私の大好きなサム・アダムスが!



いや、飲みませんでしたよ! (すごく飲みたかったけど)
栓抜きだけもろて帰りました。





すっかり歩きつかれて、試食も十分したので、YMCAに戻ることにしました。
その頃には雨も上がって小春日和。





しばやくの間、明日の用意や戦利品の整理をして、まったりした後は、




夕方にはお決まりパスタディナーに行き、



帰り道、雰囲気の良い路地裏を見つけ、



夜のとばりが降りてきたBostonの街を歩きつつ、



YMCAに戻った頃にはでっかい満月を仰ぎ、





部屋に戻ってベッドで横になり、明日のレースへの思いを馳せるのでありました。





続く。

Saturday, December 4, 2010

IRONMAN COZUMEL 2010 - レース後

レースは前回の通りカッコ悪く終わったけど、自分でもまたちょっとしたビックリが。

Hotelに泊まってるレース参加者たちは次の日はほぼ全員といっていいほどロボット歩き。
極度の筋肉痛らしい。

でも、わたしは全くもって大丈夫。
強いて言えば、足の指が一本血豆状態の爪になって剥がれそうな勢いだったのでバンドエイドで固定したくらい。(何故か痛くない。なんで???)




あの暑さが恋しいよ~~。






そんなこんなで不思議な位疲労感がなかったわけだが、次の日はおとなしくプールでゆっくりしていた。

だって今回はレースの他にもSCUBAダイビングもしないといけないからさ。

変な話、レース中よりもレース後のほうが心臓麻痺になっちゃったりするんだって。
水中でそんな事になったら、もうお陀仏であります。






COZUMELはダイビングパラダイスなのだ。





実はあんな帰宅部系のLeeもSCUBAのライセンスを持っており、これは我ら夫婦の’唯一’の共通の趣味となっている。

Leeは今回乱視用のマスクを調達してハワイ以来のダイビングを楽しみにしていたのだが、

ほら、いつも旅行とかで体調を崩すタイミングの悪い子っているでしょ?
まさにLeeはそんな子で、「ちょっと頭が痛い...。」とかいうので、妻は渋々介抱するために部屋に常駐し、




なんて事は全く考えず、勝手に一人でダイビングに行ってしまった。

高速ボートで島の南のほうに向かって約20分。
2ダイブを違うポイントで。

1ダイブ目は岩穴くぐりぬけとかズドーンと海溝のようにドロップした岩をつたったりとか、地形的な面白さがあるスポット。
2ダイブ目は比較的浅く、結構大きなエイとか海がめ&Baby海がめ、サメとかもなども見れてナイスなスポットであった。
カメラ持参しなかったのでお見せできないのが残念!





ダイビングは午前中で終わってしまったので午後はまたマッタリするか、と思っていたらBarbaraが、

「Hotelがタダでサルサ&サルサってアクティビティーやるって言ってるけど興味あったらサインナップする?」というので、

「タダ!行く行く。」と例のごとく’Free'という文句に釣られて参加することにした。

これがねぇ、思いのほか楽しかった!

サ ルサ(ソースのほう)&サルサ(ダンスのほう)ということで、サルサソースを作る料理教室の部とサルサステップを教えるダンスレッスンの部が一緒なったア クティビティで、本来はクルーズで来てる人たち相手に開くのだけど、本格的スタート前にモニターとしてHotelに泊まってる人に参加してもらうというわ けだ。



サルサは、ローストしたトマト、炒めたたまねぎ、にんにくのピクルス、そしてハラペーニョのピクルスを使用。

にんにくとハラペーニョはすり鉢でよく擂る。


次に炒めたたまねぎを適当に切り、すり鉢に入れてまた擂る。


次にローストしたトマトを適当に切ってすり鉢に投入。シアントロ(シャンツァイ)も入れてあとは混ぜるだけ。


フレッシュサルサと違って、まろやかで甘くてそんでもって辛くて、ウマイ!

赤いトマトの代わりにローストしたトマティオ(緑のトマト)で作ったやつもGoo。



そして、定番ワカモーレ。
これはタイミングよく運ばれてきた揚げたてタキトスに付けて食べたらおいしかった。



みんな楽しく作成中。





あとは変り種としてフレッシュトマトとパイナップルのサルサ。
塩とシアントロと玉ねぎと一緒に。さっぱり系。



最後にデザートサルサ。

パイナップルとマンゴーにテキーラで作られたエッグノックをかけて乾燥ココナッツとともにMix。
これをバニラアイスにかけて食べたのだけど、濃厚~~。




ちなみにこの料理教室ではマルガリータの作り方も教えてくれた。

実はどうやって作るか知らなかったのだが、
フレッシュライムジュースにテキーラとコアントロを1パートずつ入れて混ぜればできあがり!
あ、グラスに塩付けるのも忘れないでね。


Barbara作成中。






この後はダンスの部へ。

みんなあんまウマくない...。






で、2時間半くらいで終了したのだが、Barbaraはとっても楽しかったらしく、「行って良かったわよねー。ウチでもサルサ作らないと。」と喜んでいた。






我ながらいいヨメだと思った。



シリーズ、これにて終わり。

Friday, December 3, 2010

IRONMAN COZUMEL 2010 - Run編

いよいよRun編です。

※お食事中の方には不適切な表現が多々ありますので、事前にご了承願います。












トライスロン種目でSwim、Bike、Runでどれが一番得意かと聞かれれば、

「うーん、強いて言うならRunかなぁ。」

といつも答える。


Swimはほらカエル泳ぎだし、Bikeはいつも抜かれっぱなし。
でもRunは一応Bostonマラソンにも出れたので、自分で言うのもなんですが中の上の下くらいだと思っているのである。


でもそこはトライアスロンの難しいところ。
Runが最終種目なのでそこまでスタミナが残っていなければせっかくRunが強くても何にもならない。
あと、Bikeの直後に走るのは普通にマラソンするのと全然違うのだ。


トライアスロンでBikeとRunのコンビネーショントレーニングをBrick(レンガ)と呼ぶ。
何故なら走り出しは足がまさにレンガのように重いから。 ※これ自分でこじつけてます。未リサーチ。

Half IRONMANでもRunはすっごく重いので、今回のレースはもう予想を超えたBrick状態なんだろうなぁ、とかなり覚悟をしていたのである。



ま、前書きはこれくらいにしておいて、レース最中に話を戻す。







Runバッグを掴んで着替え用のテントに入る。

やっぱりテントはもう混んでない。

今回の衣装(!)はビキニが基本だったので、ビキニの上のバイク服上下を脱いで再びビキニに。

そして着るのはやっぱりランスカ。

これはToughmanと同じウェア。上はビキニのままで下は茶色のランスカ。あと白のキャップ。

頭に気合の水をかけて、
約3分というすごく短いT2(Transit2)を経てRunをスタート!
これからフルマラソンを走りきるのだ。



で、覚悟していたBrick脚、












「アレ?なんか思ったより軽いんですけど???」



サッササッサ金鳥サッサと脚が前にすすむ。

自分でもビックリ。

「完走はできるな。」と確信した瞬間。






Runは海岸沿いを北上し空港を通り過ぎて折り返すコースを、これまた3周。

走りはじめはゴール地点と同じなので、沿道の応援はものすごい。

「Vamos!Vamos!(Go!Go!)」とゼッケンの名前まで叫んで応援してくれる。
特に地元のチビッコたちが大声で応援してくれる姿には本当に心を打たれる。

思うに、マラソンとかトライスロンをする人はレースで応援があるからこそレースに出るのではないかと思う。
だって応援がなければ練習と同じだもん。



Runのコースはフラットで終始とても走りやすかった。
おまけにエイド・ステーションが1km毎と非常に手厚い。




最初のエイドを過ぎた頃、


ピィ~、ゴロゴロゴロ



雷ではない。



自分のお腹であった。



Bikeは前かがみだからブツがとどまっていたけど、Runで垂直になったから重力の思うがままになったのである。




「う、トイレ行きたい。」   ※ A




幸運にもエイドは1kmごとにあるのでトイレもあるはず。

「あ、あったあった!」

駆け込んだはいいが、







...紙が無い...。









で、けっかくのトイレは通り過ごしてまた走り出す。



「あ、次のトイレ!」


また、紙が無い。





1周目7kmぐらい走ったところにようやく紙発見!

2人ぐらい並んでいたけど、この紙があるトイレを逃したらもう最後な気がして、覚悟を決めて並ぶ。




まさに”用を足し”て、は気分もスッキリ。

いい気分で走り出したはいいが、

数km後、また調子が悪くなる。




トイレを発見するが3人くらい並んでいる。

そんなところで10分も費やすのはイヤだったので、また走り出す。



※Aに戻り、これを繰り返す。





エイドには私のマラソン時の大好物、オレンジが並んでいる。
でも、そんなオレンジには手をつけられず、しかも水すらも飲むとお腹に直球なので、なるだけ控える。






1周目、2周目はトイレ探しで終わった。

3周目はさすがに走ってる人も応援の人も減ってきて、夜も’とばり’がすっかり降りた感。
ランナーはもう歩いている人のほうが多いくらい。

でも、私は勢い衰えずに走った、走った、走った。

何故なら、





トイレに行きたかったから。






自分でいうのもなんだが、Runではゴボウ抜きだったと思う。

軽く100人以上は抜いている。

何故なら、





ずっとトイレを求めて走っていたから。







マラソンでも30kmを過ぎてからは辛いなぁ...と感じ始めるのだけど、今回全く緊張の糸が途切れなかった。
3周目ですら疲れたとは感じなかった。


人間は何か強い目標があると余計な事は頭に入らないと言われるが、それは本当だと思った。

私の場合、それは、






トイレ







だったのだ。



変な話、初めてのIRONMANでRunを4時間半以内で終われたのは、WCまっしぐら...だったおかげかな。






そんな惨事のRunであったが、3周目も最後に近づき、CityHallのゴールが段々近づいてくる。


「あぁ、やっとゴール。もうちょっとで終われるよーーー!」

最後の力を振り絞って走った。


するとゴール直前に前方に手を振ってコースに出てくる男が。

Leeだ!



Leeが何やら一生懸命叫んでいるが、実はちょっとコースの邪魔だったので、「あー、横のいてのいて!」と振りきってゴールへ。

角を曲がるとFinishのゲート。

「日本から来たYabyがゴォーーーーーール!」

とアナウンスが流れ、同時に13時間35分のレースはそこで終わった。





ゴール直後は倒れる人が多いので、メディカルの人たちが「あなた大丈夫?ほんと大丈夫?」としつこいくらいに聞いてくるのだが、

そんなのはよそに、私の頭のなかでは’ノーサイド’(by ユーミン)が流れ始めていた。


♪ 彼は目を閉じて~、枯れた芝生のぉ匂い~、深ぅかく吸ぅった~ ♪


もう何も耳には入らずに自分だけの世界だった...。










という事は全く無く、

メダルをさっさともらって記念写真へ。


そしてごはんコーナーへと進むのだが、もちろん目もくれずに素通り。
(だからごはんコーナーは何があったのか知らない。私としたことが面目ない...)


私の行きたい四角いBoxがいくつか並んでいたのだが、お食事中のみなさんの真横だったので、素通りして選手村の外に出ることにした。




ここで問題だったのがLeeとBarbaraがいつここにやってくるか。

何せ年寄りBarbaraとトロいLeeのこと、しばらく待てど姿が見えず。

自転車もその夜に持って帰らないといけないので、もー待ちきれずにBike車庫へ向かう。

そして、その後Hoteにひとりで帰ってしまった。
ま、あとでまた戻ってくればいいしさ、なんて思ってたし。




Hotelの部屋でちゃんと座って(コースのトイレは決して座らないのである)落ち着いて用を済ませ、
軽くシャワーも浴びたら、もう戻るなんて考えは起こらずに、ただベッドに倒れこんだ。


半分寝てたような意識不明だったようなそんな40分後、電話が鳴った。

Leeだった。

メディアカルテントとかいろいろ探し回ったようだが見つからなかったので誰かの電話を借りてHotelに電話してきたそうだ。


2人が帰ってきて、どんだけエマージェンシーだったかをとくとくと説明した。
勝手に戻ったのは申し訳なかったが、今回は不可抗力。


「無事でよかったよー。とにかく完走おめでとう!」と言ってくれた。
そしてBarbaraが下痢止めの薬をくれた。



その錠剤を飲むことが長かった1日の最後のアクティビティーとなり、人生最初のIRONMANチャレンジの日は幕を閉じた。




メダルと女子だけもらえた貝のペンダント






実はまだ続くんだよ。

Thursday, December 2, 2010

IRONMAN COZUMEL 2010 - Bike編

Bike編です。






Swimが終わったら例のBlueBagを途中でピックアップして、Bikeの準備のためのテントへ。

SwimとBikeのトランジットはT1といい、このT1にかかる時間もレースのTotal時間に含まれるので、プロや上位を狙う人たちにとっては如何に効率的にトランジットできるかも勝敗の鍵となっているのである。
ちなみにそういう人たちは着替えない。泳ぐのもBikeもRunも同じウェア。
ヘルメットとゼッケン着けてすぐにBikeに向かう。


私はというと、着替えはビキニの上にBike用のシャツとパンツを履くだけなので、大したことはない。
でも体が濡れているのでシャツが背中で丸まってなかなか下ろせなかったので、それをボランティアの人が手伝って着せてくれた。
こういうところが実は非常に助かる。ありがたや、ありがたや。


ヘルメット着けて靴を履いたら、日焼け止めを握りしめて自分のBikeステーションへ。

ステーションから実際に乗れるラインまでは約300m。
Bikeを押しながら走っていく。

コースは180Kmで、島の幹線道路を3周。
レースで一番辛いパートがBikeだ。

でもCOZUMEL島は山がないので、コースはAllフラット。
坂が苦手な私にはGoo。


乗り始めは好調。
舗装もきれいだし平らでスムース。
私が走り始める頃にはもう混んでなかったので、コース上で競技者同士のコンフリクトも無し。



トライスロンが他の自転車競技と違うところは、ドラフティングという行為が禁止されている点。
競輪にしてもツール・ド・フランスのようなロードレースにしても、競技者同士が非常に密着していて常にコースで駆け引きをしながらレースをしてるのを見たことがあるかと思うが、トライアスロンではそれはペナルティーとなるのである。

自転車同士は最低7mの間隔があいてなければならず、抜くときも常に左側を20秒内で追い越さなければならない。
追い越したら1台分の自転車の間隔があいてるのを確認してすぐに右側のコースに戻りスピードは落とさずに走行しなければならない。

これはマーシャルとよばれる監視員がチェックしていて、見つかると番号を呼ばれる。
呼ばれた競技者は次のテントで停止して自分で申請する必要がある。
申請しないと失格となる。


とは言っても、見つからない確立はとても高く、私なんぞのタイムの頃にはマーシャルの姿にすら気が付かなかった。(暑かったから休んでた???)




話を戻す。

楽なコースと思われたCOZUMEL島も実は泣かせる箇所がある。

島の東側はホテルも港もなんにも無い海岸線がただ続く。
何故なら海風が非常に強いから。

この海風、当然Bike走行にも影響して、スピードは激減、しかもこの部分は舗装がとても荒くなっていてペダルを回すのに余計に力が要る。
これが約15km続く。

脚の力が弱いので、この海風コースでは結構抜かれたりした。(涙)



1周目は2時間15分ぐらいで走れたので、最初は7時間で終われるかなぁと思った。
が、
でも2周目の海風コースからはスピードも落ちてきて、プロの人たちが1周先行で追い抜いていく。

「速っ!」
と思わず声をあげる。

マジで速い。
しかも脚も長くてカッコいい。
自転車ってつくづく欧米人のスポーツだなぁって思い知らされる。

「あーあ、わたしもこれが3周目だったらどんなにいいか...。」

と、これまた無いものねだりのため息。




あと、2周目になるとゲータレードにもだんだん飽きてきた。

最初はオレンジジュースと水を半々にしたもの+カーボの補給食(水)だったけど、それが無くなってからはゲータレードでカーボを薄めていた。

なんか味が濃くって口の中がしょっぱくなってくるのである。
(やっぱポカリとかアミノバイタルのほうが日本人の口には合うな)


で、2周目の終わりごろは水が飲みたくなってきた。

水はエイドステーションでボランティの人たちが専用のボトルに入ったものを手渡してくれる。

中には氷が入っているので、飲むととってもリフレッシュ!

「冷たくておいち~。」



やっとやっと3周目にはいった。
既に4時間50分経過。
むー、7時間では終われないかも...。

3周目はなんというかもう回してるだけ、っていう感じ。
海風コースではまた次々と抜けれていく。



この頃からか、なんとなくお腹が張ってきた。

痛いわけじゃないんだけど、ガスが溜まってるというか、まさに張ってる状態。

でもサドルに座ってるので、プッ!という訳にもいかず、たまに排出してみようかなと試みたが、どうもスッキリしない。

いままでに経験したことの無い症状だったが、特に害もなかったので何も考えなかった。
が、この症状はこの後Runで遭遇する恐ろしい出来事のプロローグに過ぎなかったという事は、その時知る由もなかった。



海風コースが終わると風のない広い道に。
ここからBike終了のCity Hallまではもうちょっと。
最後の力を振り絞って漕いだ。


だんだん沿道の人が多くなってきた。
もうすぐだ。


Bike Finishのサインが見えた!

「やっと終わったよ~~~。」

Bike、約7時間半で完走。
すでに時計は4:30PM。
夕暮れが始まりかけていて向こうでカラスが鳴いている。  ※実際カラスはいません。

Bikeに思いの外てこずったし長距離Bikeの後のRun練習は全くしてなかったので、この後走れるかどうかが非常に疑問だったが、気力だけは確かで「あと1種目。もう走るだけだから!」と思った。



Bikeをボランティアの人に手渡し、Run用のギアバッグをPick Upし小走りでテントに向かったのであった。





Run編へ続く。